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るとわかるが、資料はそれこそ紙1枚程度しかなく、起源や沿革が誤りなく理解出来るのは極めて稀れである。あまりにも身近かであったために、記録する必要を感じなかったのであった。
こうした風土の中では、自己の文化を評価する慣習が育たないばかりではなく、必要性すら認められない。一時的に楽しくありさえすればよいという観念が定着してしまっている。
加えて官公庁主導型になると、官公庁は議員の意向を最優先するが、西欧では議員の3分の1は何らかの文化に関係している人であるのに、わが国では国会をはじめ都道府県市町村に至るまで、文化関係者はほとんどいないために、文化に対する理解が極めて貧困である。文化ですら権力の拡張に利用しようとする傾向がある。
最近は21世紀での発展を考えて、世界各国が第三世界を中心に観光立国を国政の基本に据えて、大規模な予算を計上していることの影響を受けて、多少の理解を示すようになってきたと思われるが、文化は最高の経済という西欧の認識とは程遠い感がある。
さらに調査会調査を見ても、住民自体の参加が拡大しない実績を訴えている地域がかなり多く見られるが、この点がうまくいっている地域は、出発当初に住民の合意を高い率で獲得し、支援する気持ちを沸き立たせ、なおかつ2回目以降を繰り返すエネルギーを持続している。
こうした地域にはその後も財政的支援を訴える声が少いのは、住民の進んで郷土を守ろうとする意志が、財政の困難を補っている。
さらに町村議会と自治体の文化に対する理解度が高く、積極的に支援する意向が培われていることがわかる。
各委員の報告並びに調査会調査を見て感ずるのは、地域おこしに成功し、あるいは成功に向かっている過疎市町村の特徴は、女性の参加を積極的に呼びかけ、また運動の中に包括していることである。
大都市においても市町村においても、今や市民活動の大部分は女性によって支えられているのが実体である。
殊に文化と教育の面では、企画や初動は男性本来の創造力と未来への探検心や興味によって触発されるが、実質的に維持する段階では、圧倒的に女性の力に負うところが多い。PTAなどはその象徴であり、PTAが過疎市町村の中心的役割を担う組織となっている地域もかなり見られる場合がある。
男女共同参画時代ではあるが、国及び自治体が開く審議会や委員会でも、女性委員の数は1名か2名に過ぎず、実質的には高い能力を持っていながら、社会的には力が発揮出来ないでいるのがわが国の実績である。男女共同参画にはまだかなり時間を要する。
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